ミニバザー開催

長年続けていた教会バザーは、2018年の開催以来、会堂建築もあって中断していました。それが、やっと2月12日、19日と2週にわたって開催。コロナ禍にあって食べ物は出さない等、小規模にはなりましたが、初めて教会に足を踏み入れた方とも交流しながら楽しい買い物のひと時でした。久しぶりのバザーにテンションが上がり、自分も売ってるのか買ってるのかわからない状態でした(笑)。

教会員やそのお知り合いなどから、たくさんの献品も集まり、収益もまずまず。使途は次回役員会で検討します。ご協力いただいた皆様、ありがとうございました。残った品物は行橋教会にお譲りして活用してもらう予定です。

新年度懇談会 2/19

今後に向けての希望を語る懇談会が,礼拝後にもたれました。メールや紙面でのアンケートに記入されたいた意見を廣安先生が紹介する形で始まり、後半は参加者が一人ずつマイクを持って思いを語りました。

新しくなった教会で礼拝を守れる感謝に始まり、話題の中心は賛美歌へと。短時間で終わるよう縮小された礼拝プログラム、賛美歌も1番のみのことが多い現状です。早く以前のように全曲を賛美して,深く神様との交わりの時を持ちたいものです。そして人との交流も。

コロナ禍にあって数年中止していたバザーですが、今年はリサイクル中心のミニバザーを2週にわたって開催します。品物も集まってきています。3月の第2,第3日曜日。12日19日の11時から12時半までです。春の陽気も感じられる頃でしょう。お時間のある方はぜひ教会をのぞきに来てみてください。

元日礼拝

新年明けましておめでとうございます。
「何がおめでたいのか!」とつっこみを入れられそうな世情ですが、とりあえず「心機一転」と気持ちを切り替えるいい時期です。礼拝堂でもお正月らしいアレンジのお花が飾られています。町中と違い、クリスマスの飾り付けはそのまま。教会ではイエス様の受洗を記念する1月6日までは片付けないのが主流です。

 元旦礼拝は、帰省している廣安牧師に代わって、以前いずみの園でチャプレンをなさっていた堤健生牧師(唐津教会・相知伝道書)が説教を担当して下さいました。「善いサマリヤ人」の箇所から、たとえ他の宗教の信者だろうと他の土地の人であろうと、愛の行いこそが大切であるということを語られました。「神は愛なり」とよく聞きますが、「愛は神なり」だと。大きな神様の愛に包まれていることを感じつつ、2023年をスタートできたことに感謝しながら教会を後にしました。

祝 クリスマス  12/25

 コロナ禍に加えて、世界が多くの困難に見舞われた2022年も残りあと1週間。クリスマスに希望を見いだそうとしている人は少なくないと思います。

 中津教会では会堂建築を成し遂げた記念すべき年となりました。何年かぶりに受洗者も与えられ、大きな喜びをもって多くの方とクリスマスの礼拝を守りました。新しく備えられた聖餐台やテーブルクロスの素敵なデザインが花を添えます。

 高い天井の会堂に賛美の歌声やオルガン、指笛が響き(もちろん説教者の声もですよ!)、クリスマスの喜びがじんわりと心にしみます。忘れられない2022年の暮れとなりました。

燭火礼拝 12/24

新会堂でのキャンドルライドサービス。夜の礼拝堂は正面の十字架が光り、より闇が深く感じられます。でも、そこにはろうそくの光もともされ、隙間風も入らないので温かみが感じられます。ろうそくが消えると悪いので空調は弱、実際は少し寒かったです(笑)

イエス様の光に照らされると、自分の中にあるよいものを見つけられるというメッセージを廣安牧師を通して頂きました。クリスマスシーズンに、相手の喜ぶことを考えたりプレゼントを選んだりしていると、いつもの自分ファーストが少し人に優しくなれているのに気づかされたりもしますものね。ろうそくのように、なかなか自分の身を削ってとはなりませんが…。

この夜は、日ごろお仕事の関係で礼拝になかなか出られない方もお顔を見ることができてうれしかったです。差し入れのチョコケーキも皆さんで分け合っていただきました。とてもおいしかったです。ありがとうございます。世界中の人がうれしい、楽しいクリスマスを迎えられますように…。

アドベント

 11月27日からアドベントに入りました。教会ではクリスマスの飾り付けをして、イエス様のお誕生を祝う準備を始めています。新しくなった礼拝堂で初めて迎えるクリスマス。今年はうれしいことに洗礼者も与えられる予定です。

 第3アドベントには、新たな奏楽者が与えられました。いつもヒムプレイヤー(自動演奏機)の操作奉仕をしてくださっていましたが、独学でキーボードを練習し、この日奏楽デビュー。本当に感謝です。(まだまだ奏楽者募集してます)

オルガンの素敵な音色とあたたかい賛美の声が響いた礼拝堂   クランツは教会員の手作りです

ロシアによるウクライナ侵攻などをはじめとして暗くつらいニュースも多いこの1年でしたが、近づくクリスマスを思うと希望が湧いてきます。グレース保育園のクリスマス会は無事終了。24日19時からキャンドルライトサービス(燭火礼拝)、25日10時20分からクリスマス礼拝(併せて洗礼式、聖餐式)が行われます。クリスマスを教会でお祝いしてみませんか。お待ちしています。

収穫感謝礼拝

収穫感謝の捧げ物

アメリカでは11月の第四木曜日が感謝祭で、日本の教会もこの季節に収穫感謝礼拝を行っています。この季節に勤労への感謝も覚えられますが、あらためてすべてのものに感謝して豊かな収穫の恵みを受けます。
お庭の畑からの収穫等を持ち寄って、礼拝を行いました。
今住む地域の豊かさを深く感じ、感謝の気持ちを神様に捧げました。

永眠者記念礼拝 11月6日

 毎年この日はご遺族の方が遠方からも駆けつけてくださり、多くの方と礼拝を守ってきました。今回、外出ままならないコロナ禍で新しい会堂に初めていらっしゃる方もいて、これまでにない賑やかな会話と再会を喜び合う声が飛び交っていた気がします。
 「以前の面影がない。」とちょっと寂しい思いもあったかもしれませんが、皆さん暖かみのある雰囲気や建築の工夫を褒めてくださったようです。
 なんと言っても納骨堂がきちんと完備されたことが一番の目玉でしょう。今までは先に天に召された方の写真を礼拝堂の正面に並べて、私たちと向かい合う形で礼拝を守っていましたが、今年からは私たちの後方からいつも見守ってくれるかのように、そして一緒に礼拝を守っていくかのようにお骨や写真が並べられています。

中津教会125年の歴史、これら信仰の先輩方の歩みの延長線上に今の自分たちがあります。生前のお姿を懐かしく思い出しながら、神様の息の長いご計画に感謝の一日となりました。

「神様のやり方」

 10月9日の礼拝説教は、グレース保育園の運動会が雨天で順延されたときのために廣安先生はフリーにしておくということで、他の先生にお願いしました。(金曜日には予定通り運動会は開かれ、廣安先生も一緒に礼拝を守れました。)
 

 来てくださったのは、奥園淳牧師。現在、九州キリスト教会館で働かれています。うちの教会員さんの甥御さんでもあり、中津教会のキャンプでも先生が大学生のころご一緒したことがあったので、お会いできるのが楽しみでした。
 2016年には、中津教会の平和コンサートのメインゲストとしておいで下さり、御夫婦でピアノとウッドベースを弾きながらゴスペルを披露してくださっています。浴衣姿のお二人の演奏、とても素敵だったんですよ!

 と、ちょっと話が逸れましたね。
残念ながら、今回は歌はなしです。
 でもストレートに心に響いてくる説教でした。2000年前に生き、イエス様を神と信じたパウロの言葉、そして神様のやり方が、奥園牧師を通して今を生きている私たちに目の前の課題として届けられました。

「そこで神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになったのです。」
( コリントの信徒への手紙Ⅰ1章21節 )


「奇跡」ではなく、「宣教という愚かな手段」を取った神様。悩みの中にいた求道中の友人は「神様の愛、隣人愛…。広い心で歩き始められそう。」と純粋に喜んでいました。ですが私は、神様に重荷を背負ってもらうばかりだったと恥ずかしくなり、教会を建て替えたのも何のためだったのかと、はっとさせられました。効率重視、経済優先、自分中心……そんな人間のやり方ではなく、神様の愚直なまでの愛に応えられる者になりたいものです。

 礼拝堂では、一緒に来られた先生のお子さんのかわいい声が時おり聞こえ、うきうきした空気が漂いました。普段はあまり使われることのない畳スペースが活用され、これまたうれしい光景です。6年前小さかったお嬢さんも大きく成長し、もう跳び箱も3段といわず高く跳べることでしょう。(説教を聞いた人しかわからない話です。すみません。)一家して盛り上げてくれた奥園ファミリーに神様の祝福を!
 ありがとうございました。

ハアベの墓碑の文字

 日曜日。主日礼拝が終わって教会を出る際に、廣安先生から「墓碑が少しだけ綺麗になりましたよ」と言われ見直してみると、会堂を建て直す前の墓碑の状態から、随分と彫られている文字が見やすくなっています。廣安先生が墓碑を磨いて下さいました。

ハアべの墓碑

 英語と漢文の混合みたいになっているので、ひと目で読むことを諦めてしまいがちデスネ。

 さて、以前先生から伺ったことのある、聖書の聖句はどこにあるのでしょうか。探してみました。

 一番下にありました! 薄いので、私は今日初めて気が付きました。

聖書箇所部分

 左の方に十八章十節と見えるので、聖書箇所だなと当たりをつけます。その上の3文字は?

 マタイによる福音書は、マタイ伝とも称されて、漢字では馬太伝と表記されたものもあるようです。ここでは、伝が、傳と掘られています。

一番左に、 馬太傳 十八章十節 でしょうか。

 漢字で4文字が、4列並んでいます。漢字を紐解くと聖書が浮き上がってきます。正直いくつか漢字があやふやで、違うかもしれません。しかも横書きで恐縮ですが、


我語爾彼
之使在天
常覿我天
父之面也

 新共同訳では、この節は、
「これらの小さな者を一人でも軽んじないように気をつけなさい。言っておくが、彼らの天使たちは天でいつもわたしの天の父の御顔を仰いでいるのである。†」 

この、後段部分の「言っておくが」以下を漢字表記したものでしょう。

墓碑に、多くの情報が刻みつけられていて、当時のキャラハン先生は漢訳から日本語訳したものも使っていたのかなと想いを馳せます。
 どんなに小さく儚い者であろうと天国で神様と顔をあわせて出会う。という聖書が彫られているのですね。ここにあるのは墓碑のみでお墓ではなく、記念碑として保存しています。

 墓碑の足元には教会の信徒や子どもたちで今回の献堂を記念してストーンアートを手作りしたものが埋め込まれています。

 今回も筆者の付け焼き刃。中途半端ですみません。 ご興味おありの方、どうぞ見に来られてください。教会が閉まっていても見られます。